小学校時代の給食で、何が一番好きでしたか?また、何が一番苦手でしたか?その理由も教えてください。
苦手なメニューはありませんでした。
そもそも好き嫌いがほとんどなく、苦手なものと言えば生きたままの食材くらいでしたから・・・。
温めて膜の張った牛乳も苦手でしたが、幸い、年がら年中冷たい牛乳しか出ませんでしたし。
好きな給食のメニューは、なんと言ってもミルメークですね。
他のみんなは牛乳を瓶に8~9分目残して入れていましたが、
私は半分ほど飲んだ後に入れて、より濃い味に仕立てて飲むのが好きでした。
ほそ~いストローが付いていてそれで混ぜるのですが
牛乳瓶は撹拌できる余裕が少なく、溶け残りやすいので
きれいに外しておいたボール紙のフタを瓶にはめて
上からあの正方形のビニールと手のひらで押さえて
完全に溶けるまで瓶ごとよーく振って混ぜていました。
今では市販もされているようですが、当時は給食でしかお目にかかれなかったので
少なくとも私にとっては、とってもスペシャルなメニューでした。
そろそろお歳暮シーズンに突入します。お歳暮にまつわる思い出を教えてください。
あれは数年前、熊本の天草から「生もの」と書かれた産直品が届きました。
さっそく開けてみると、箱に詰められたオガクズの中に立派な車エビが並んでいます。
新鮮そうなエビを一匹取り出そうとつまんでみると、なんと元気よくハネるではありませんか!
まさか生きているとは思わなかったので、それはそれはビックリして箱ごと放り投げてしまいました。
床でピチピチ暴れるエビたちを慌てて拾い集めて、とりあえずタライの中に入れ
オガクズを洗い流そうと水を張ったところ、水道水にもかかわらず気持ちよさそうにスイスイ泳ぎだしました。
真水だし、そのうち死んじゃうだろうとしばらく観ていたのですが、一向に死ぬような気配がありません。
結局そのまま一週間ほどタライの中で泳がせておいて、せっかくの貰いものだし食べないともったいないからと
父親が捌いて食卓に上りましたが、すっかり情が移ってしまい誰も箸を付けずに残ってしまったので
しかたなく父親が一人で食べていました。
ひとつの命は他の沢山の命に支えられていて、生きてゆくという事はそれだけで罪作りなものなのだと学ぶ機会を与えてくれた
じつにアリガタイお歳暮でした。
今月に入ってから奇妙な事に、
私が夢の中で見た印象強いシーンとよく似た出来事が
たびたび現実に起きています。
先日は目の前でデルタ翼のジェット機が
激しく墜落する夢を見たと思ったら
航空自衛隊小松基地でF15戦闘機の着陸トラブルが起きたり
天井のダウンライトの電球が切れる夢を見たと思ったら
運転中に車のヘッドライトが突然切れたり
実にタイミング良くいろんな事が起こります。
そのうち変な夢でも見ちゃうんじゃないかと思うと、安心して眠れません。
明日の朝も早いのでそろそろ寝ないといけないのですが・・・。
ちなみに昨日は、宝くじの1等組違い賞が当たる夢を見ました。
ほかの夢は細かいところまで覚えているのに、こんな時に限ってくじ番号、覚えてないや・・・。
最近、思わず「こんな時に限って」と思ってしまった出来事を教えてください。
毎週同じ数字で買っていたロト6をたまたま買い忘れた時に、いつもの番号が2等に当選していた事ですかねー。
2千万円余りの当選金が手元をすり抜けてゆくクヤシサは言葉で言い尽くせません。
と言ってもこれはうちの父親の話なので・・・
私はと言うと、やはり先月の3日、文化の日に初めて乗った上信越道でいきなり雪に見舞われた事ですね。
この日は長野市内で15cmの積雪があったらしく、ノーマルタイヤの私は生きた心地がしませんでした。
あのまま冬に突入するのかと思いきや、
ここのところの師走とは思えない陽気に、近所の畑では
ヒマワリが満開になったりしています。
そろそろ年賀状の準備が始まる時期ですね。年賀状にまつわる思い出を教えてください。
妻とまだ結婚する前に、年末に忙しくて年賀状を書けなかったので
元日に書いて2日の早朝に自分で配って回ったのですが
妻(現)に「年賀状、自分で持ってきたでしょ。」と言われて、なんで分かったのかと思ったら
2日の日には配達がないはずなのに、変だなと思ったとのことでした。(今では2日も配達しているようです)
それ以来、私のいろいろな偽装工作はすべて妻に見透かされてしまっています・・・。